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ハンカチ

ハンカチ


(※下記はご依頼の方の体験を基にしたライターによる加工執筆です)

 窓の外、強い日差しが町並みをやいているように見える。
 それなのに、隆司は背筋が寒かった。

 探偵から手渡された報告書は、思いの他、厚い。
 だが、真実はそのほんの数ぺージ目でわかった。

 妻の里佳には、やはり男がいた。
 隆司が知らなかっただけで、もう1年以上になるという。
 悲しいのか、怒りなのか、身の内を何かがぐるぐると回るが、言葉が出てこない。

 エアコンのせいか、喉の奥がいがらっぽくなった気がして、隆司は軽く咳をした。

 
 - - - - - -
 
 数ヶ月前、深夜に鳴っていて、手にしたのが妻の携帯だった。
 届いたメールをつい開いてしまい、隆司は己の目を疑った。

『木曜8時、Aホテルで待っています』
 メモのように短い一文に、差出人の名はない。
 間違いメールだと思いながら、自分はその日時を頭の中で反芻していた。
 メールアドレスをメモして、そのままポケットに入れた。

 ただ一言聞けばいい。きっと笑って間違いだと言われるだろう。
 そう何度も思いながら、隆司は尋ねられなかった。

 木曜日、里佳にかけた携帯電話は留守番サービスだった。
 会社にかけようとして思いとどまり、子供を寝かせた隆司は長い夜を待った。

 里佳は残業だったと深夜に帰宅した。
 いつもの表情で、いつもの服装で、妻は帰って来た。
 それなのに、隆司にはその姿が、まるで他人のように感じられた。

 尋ねれることが、ますますできなくなっていた。
 疑いはじめれば、残業の多さ、時間のおかしさなど、辻褄(つじつま)の会わぬ妻の行動が目に見えてわかるばかりだった。
 
 - - - - - -
 
「なあ、たまには早く帰ってこれないか?」
 明日が娘の誕生日というとき、そう言った自分に、里佳は笑顔を向けた。
「そうね、残業が続いたから、明日は早く帰ってご飯を食べにいきましょう」

 だが、その夕方、帰宅しても里佳はいなかった。
 電話で仕事が入ったと娘に連絡があったという。
 中学生にあがろうとする娘はもう慣れたという顔で、二人でファミレスに行こうと自分に言ってきた。

 携帯はつながらない。
 娘の誕生日に仕事が入ったのは偶然だと言い聞かせながら、なにか黒いものが胸の内に広がるのを、隆司は止めることができなかった。

 その黒いものの浸食に疲れ果て、探偵へ電話したのは、それから二ヶ月後のことだった。
 
 - - - - - -
 
 結果が予測以上で、今は嫉妬や怒りよりも、胸の奥の黒いものごと、どこかへもってゆかれた気分だった。

 気がつけばどこかかみ合わなくなっていたのかもしれない。
 里佳は残業が多く、娘と二人だけの食事にも慣れてしまっていた。
 仕事が好きだから、努力している妻を理解しているつもりで、疲れていると言われれば気をつかって距離をおいてきた。

 何がいけなかったのか。それが今はわからない。
 
 報告書のわき、アイスコーヒーが汗をかき、カランと氷の音が響いた。
 隆司は再び咳をした。
 まだ、喉の奥に咳がひっかかっている。きっとたちの悪い夏風邪に違いない。

「あの、どうぞ…」
 相談員の声に、隆司はようやく顔をあげた。
 遠慮がちに差し出されたハンカチに、自分が泣いていたことにようやく気がついた。
 慌てて自分のポケットを探したが、うっかり入れ忘れたらしい。

「すいません、新しいの、買って返します」
 隆司はハンカチを受け取り、頬の涙をきついほど力を入れてふいた。

 里佳とつきあい始めたとき、ハンカチをもらったことを、ふと思い出した。
 そのとき、二人でした約束もあった。
 「待ち合わせに遅れない。嘘はつかない。記念日を忘れない」
 きっとこうしてずっと、変わらないのだろうと思っていた。

 青空の色のように見えたあのハンカチを、隆司はいつの間にかなくしていた。
 どこにあるのかはもうわからない。
 だが、もう二度とこの手に戻らないことだけはわかっている。

 妻への恨み言も、相手への怒りも自分の内にはあるはずだ。
 だが今は、中学生にあがろうとする娘の顔が浮かんで、頭の中をぐるぐる回るだけ。

 守るものははっきりしている。
 本当のことがわかった今、もう、後にはひけない。

「親権をとって離婚したいと思います。これから、どうすればいいか教えて頂けますか」
 
 
 隆司はハンカチを拳の中で握りしめ、視線をあげた。

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